The storm beneath my wings

がるっちの好きな映画、本など趣味をつめこもうかな♪ 時々鳥ちゃんズも。

翻訳の壁


私は翻訳者ではないので、
読み手側の要望なんだけれどもね。

こちらに来てからとにかく本を読む。読みたいと思う。
読む時間が出来たってのもあるんだけど。
趣味は読書。
本を読まない日はない。

主に読みたいのは日本の作家さんなので、もともと日本語が多いのだけれども、
たまに手に入る翻訳本。
私が望んで手に入れているわけでなく、なんとなくこちらに廻ってきた感じ。

翻訳本、最近読んだのってハリー・ポッター(日本語で再読)しかない。
これは賢者の石から思うけど、随分と大事に大事に翻訳されてるなぁ、って
思うんだ。

通常、なんだろう、翻訳者の先入観がすごく入るように思う。

まず日本は読書離れがいまだ進んでる?!
そうすると、出版社側は売れる物を作ろうとするじゃない。
翻訳者もその思惑を計ると。しかしながら、早い時代の流れでそんな訳し方は、
かなりあたりはずれがあるんじゃなかろうか。

Tintenherz(Inkheart, 魔法の声)はドイツの作家ということもあり、
こちらでものすごい話題になったのだけど、
ドイツ作家ってミヒャエル・エンデをはじめちょっと独特と私は思うので、
まずは魔法の声、つまり翻訳本を読んでみた。

その違和感。えーーー?!すぐにTintenherz(原書)に移ることにした。
その違和感があっては物語を先に読み進めることが出来なかったから。
そんなんじゃない、そんなんじゃない、という気持ち。

まず読後感って人それぞれなのは当然じゃない?!
本を読んでその情景や人物像、十人十色でそれぞれが思い浮かべていると思う。
なのに翻訳本は一人の人から(もしかしたら複数が翻訳を手がけてつくってるかもしんないけど)
のイメージを植えつけられる訳よね。
その人はそう取ったかもしれない。けど私もそうとるとは限らない。

翻訳は、特に小説などの翻訳はだから難しい。

翻訳本、こちらで望んでではなく流れで手に入れることがあるのだが、
まず読めない。頭が拒否する言葉たち。
こんな言葉使いは自然じゃない、と。

例えば男女を分ける表現が過剰なんじゃないか?!
「~じゃないわっ」
なんて誰もしゃべらないし…。

私が好きな児童ファンタジーが日本語版での評判が思わしくないのを知ると、
そういったところだろうな、と思ってしまう。

日本語版になるとどうして表紙も変えてしまうんだろうか。
いや、ハリポタなど各国表紙が違うけれども、
それぞれ趣向を凝らしているじゃない。
あれだって一応10才以上じゃなかったっけ?
なのにかわいらしいアニメチックにはしなかったよね。

本は表紙も大切。
児童書だからといって、アニメの、大きな目、女か男か分からない顔の人物を
書いてしまっては魅力が半減してしまう。その人物像はそれぞれの読者に任せてほしいよ!!
それ自体「児童書だから」「子供だから」といった押し付けに感じてしまう。
おしゃれに行こうよ、おしゃれに。

まぁ、ドイツはいまだ図書館が大盛況、本はかなり大事にされているので、(安売りできない仕組みになっている。)売る方を考えなくっていいのかもしれないが、
日本のコストダウンの表紙は安っぽく見えてしまうのだよ。
(私の頭に浮かんでいるのは、知っているのはたった数冊なので、
そういいきっては申し訳ないけれども。)
翻訳から話がずれてしまった。

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ビアンカ ⇒ 私もそう思います

がるっちさん、ほんとに読書量が多い!本棚を拝見して、面白そうだなあと思う物がたくさんですけれど、自分の積んどく本がまだたくさん残ってて、なかなか消化できないんです。読むの遅いし。

文芸書の翻訳に関しては私も同じように思います。日本語って、一人称でも「わたし、ぼく、おれ、ワシ、、、、」などいろいろあって、どれを選ぶかで作中人物のキャラクターがある程度固定されてしまいますよね。子どもの頃、「アンネの日記」を日本語訳で読んだら、アンネはすごく真面目で知的で多感な少女と感じたけれど、大人になってドイツ語訳を読んだら、「あれ?アンネってこんな子だったっけ?」と思いました。原著のオランダ語だときっとまた違うのでしょうね。ジョン-アーヴィングなんかも、原著と日本語版のイメージはかなり違っていてとまどいました。

英語のものをドイツ語訳してもニュアンスが変わるだろうとは思うんですが、日本語は特に行間を読み取るような言語だから、訳者によってかなり変わって来てしまいますよね。

  • |2010.04.16
  • |Fri
  • |07:10
  • |URL
  • EDIT

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がるっち ⇒ ビアンカさんへ

> 日本語って、一人称でも「わたし、ぼく、おれ、ワシ、、、、」などいろいろあって、どれを選ぶかで作中人物のキャラクターがある程度固定されてしまいますよね。

そうなんですよねぇ。
「魔法の声」ではモーは「わし」でしたねぇ。どう読んでもそんな爺さんには思えなかったんだけど。
本を読んで、それが映画になった時の俳優に幻滅するとの似ています。







子どもの頃、「アンネの日記」を日本語訳で読んだら、アンネはすごく真面目で知的で多感な少女と感じたけれど、大人になってドイツ語訳を読んだら、「あれ?アンネってこんな子だったっけ?」と思いました。原著のオランダ語だときっとまた違うのでしょうね。ジョン-アーヴィングなんかも、原著と日本語版のイメージはかなり違っていてとまどいました。
>
> 英語のものをドイツ語訳してもニュアンスが変わるだろうとは思うんですが、日本語は特に行間を読み取るような言語だから、訳者によってかなり変わって来てしまいますよね。

  • |2010.04.16
  • |Fri
  • |11:55
  • |URL
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